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七戸の吊橋 (江差牛吊橋) 上川町・町道江差牛線(東雲-越路)
木造・吊橋(人道橋) 60.0m 1972(S47). 完成

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2009.10.26 公開
2010.01.10 独立
2018.11.02 更新


1958年(昭和33年)完成の先代も木造吊橋。
『石狩川の橋物語』では"江差牛吊橋"の名で載っているが,この名は橋のどこにも見つからなかった。
『上川町史』でも"江差牛吊橋"とされている。
旭川開発建設部の資料の中では"江寿牛吊橋"という表記も見られる。(「平成20年度 石狩川重要水防区域調書」)

2008年(平成20年)8月28日に立てられたと思われる手製の橋名看板には,くっきりと"七戸の吊橋"とあった。

背後に迫る江差牛山と石狩川に挟まれた右岸地区はかつて陸の孤島に近いものだったに違いない。
この吊橋を生きるうえで不可欠なものとして暮らしていた開拓農家が7戸あったことから,当時を偲んであらためてこの名をつけられたと,勝手に想像している。


 

裏面

2009.10.24

2009.10.24

2009.10.24

2009.10.24

2009.10.24

2009.10.24

2009.10.24

2009.10.24

2012.08.30

2012.08.30

2012.08.30

2012.08.30

2012.08.30

2012.08.30

2014.09.03

2014.09.03

2014.09.03

ここは上川町のはずだが,右岸の橋のたもとには,"愛別町愛別上川道路"と記された工事標柱が立っている。
揺れる橋の上に立つと,下流には愛山渓大橋が望まれる。
左岸からは大雪山



2016.09.01 2016.08.20 前線および台風11号に伴う石狩川の増水により被災したもよう。
参照 北海道開発局旭川開発建設部 「平成28年8月20日からの大雨による出水の概要 (速報版)

2016.09.27 状況を確認しなければ,と赴いた。無惨だった。

 

 

 

 

 中央の主塔

江差牛山
右岸側,江差牛山のすそ野が抉られて崩落,吊橋の右の主塔も地盤ごと持ち去られたようで見当たらない。
水中に立ってはいるが2径間の中央の主塔も傾いている。
吊橋本体は完全に崩壊,やや絶望的な姿を見せていた。
江差牛山のすそ野は,アングルは違うが2012年の写真と比較すると崩落の様子が分かる。

被災した吊橋は七戸の吊橋だけではなく,菊水12線の吊橋も完全に崩壊していた。

2017.08.06 左岸側に残っていた床板は撤去されていたが,ほかはほとんど崩落した時のままの状態。
この日はかなり水位が下がっていて,中央の主塔近くまで近づくことができた。
しかし,落ちた右岸側の主塔は確認できなかった。右岸は川岸近くまでかなり深いのだろう。

左岸側

中央の主塔

愛山渓大橋と

2018.10.20 ほとんど状況に変化なし。このまま放置されるのだろうか。自分の好みからいえばそれでもいいのだが。
遺構はできる限り残しておきたい。

左岸橋台から

中央主塔と下流

中央主塔と上流

川原から左岸橋台



石狩川の橋と堰