手 鏡

くるみ割る人の噂は逃げてゆく
夕焼けの匂いもちくる吾子のあり
半泣きの頬によく似た冬林檎
時雨きて釘打つ音の割れやすし
微熱ほどの未練あります冬鏡
秋菜漬くいっさいがっさい樽の中
炭火とろとろ夢遊病者か澱ひとつ
冴ゆる夜は胸の小骨が歩き出す
冬帽の声より先に帰りけり
空言がよく似合う朝冬の雷
雪ばっかり降るから心棒はずせない   
吊るされて通す薔薇の主義主張
大挙して世辞が逃げゆく枯野かな
煮こごりの土鍋の耳のおおらかさ
のっぺりと信号に酔う春帽子
肯定も否定もなくて春の椅子
春昼や触覚鈍きなかにいる
折り紙の四辺動きて風光る
初蝶やきょうの暦を見て戻る
手鏡の丸きかたちに夏の空
連翹や真昼の夢は二つ見る
春昼や点滴台のうすぼこり
夏草にことの仔細を埋めけり
髪洗う嘘の苦手な女です
ビール飲む父の言葉は真っ直ぐに
終戦日子の足高くボール蹴る
秋寒し人の噂がまたふえる
黄の工帽ぐらり秋思が横たわり

1986年(昭和61年) 氷原帯投句作品
 

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