春 布

凍土踏む残留孤児の片えくぼ
初雪に秘密埋めたい子のありぬ
とろとろとゼリービーンズ冬木立
春泥に茶房ふくらむ四番街
どっと来て貴賎融けゆく花の下
子と走る小買いの道の雪明り
寒卵割って貧しき語彙を知る
引き寄する春布届かぬ首一つ
眼帯の端の雪水ゆれていし
一皿の塩があふるる春の通夜
つんつんともの言う女よ花サフラン
定休日の美容師の指蝶となれ
草餅に女の意地の中休み
ハミングの乱れ春風ふと止る
行く春の海はろばろと海の色
雨走り金魚の出棺つやめきぬ
錆たるは板屋の隅の夜の風鈴
児のつむりゆれてゆすらめてのひらに  
硝子一枚金魚と我の向かいおり
哭けという七月の蝶ふいに落つ
耳朶噛めば春星ゆるりと傾きぬ
ひまわりの臨終見ていし風のあり
幼子の手に青虫の飼われたり
ほってりと花火す少年無傷なり
ほおづきの下向くほどの茎の青
はがされし滝一枚の虚勢かな

1985年(昭和60年) 氷原帯投句作品
 

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