舟 繰 る 音

物の怪のすり足でくる時雨かな
冬ざれや木橋いっぽん抱いて寝る
霜くる夜すこし合わない落し蓋
冬銀河すこしおくれて釘の音
降る雪のやがて舟繰る音のする
一月のカレンダー猫・ねこ・ネコ
大寒の手ぶらで集う五感かな
電柱に工夫二月の空を切る
葱青しかなしいこともすこしあり
つきつめて春昼 一人と一人かな
啓蟄や素手と素足がぶつかりぬ
二、三歩は土筆のためにとっておく   
生命線の途中蓬を摘みにけり
ドアノブをつくづくと見る春の昼
バス停に陽炎と私立っている
花の昼破片のように薬包紙
薬局に着くまで水仙ついてくる
売家一軒のっそり恋の猫通る
バス通り泣きたいような白日傘
富くじを引いた夜店をまた覗く
まばたきのように戦火のように滝
セロファンの反りの速さで麦青む
青梅や風横列になりたがる
時計屋の奥に声あり萩の昼
白桃の産毛死角になりたがる
霧の音だんだん大きくなる家族
直系に傾く夜の花すすき
善い話ばかり老人ホーム雨月

1998年(平成10年) 氷原帯投句作品
 

- 26 -
  

【花畔・網】