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石狩川河口導流堤 石狩川河口右岸・石狩市
堤長 632m 1973(S48). 完成


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2010.06.22 公開
2017.07.25 更新


石狩川左岸河口砂嘴は,1874年(明治7年)ころに比べておよそ1800m北東に伸びている。
(それに伴い右岸は激しく侵食されることになる)
明治初期から昭和初期までのおよそ60年間に1500mほど伸びた。

河口導流堤は石狩港修築事業として施工された。
1959年(昭和34年)から,5ヶ年計画で着手。
1959,60年は第1,第2突堤工事。
導流堤本体は1961年以降,澪筋<注>に沿って年々延長されてきた(成長の記録参照)。
その形状は大きく弧(半径1000m)を描いて湾曲している。

1970年(昭和45年)に石狩湾新港が構想化される前,日本海から石狩川河口港に出入りする船舶の水路を確保することが主要な目的とされた。
導流堤着手の時点で4基の水制工によりすでに河状は安定していたようだが,河口を離れた沖合では水深2〜3mの浅瀬が広がっていた。
そのため河口の外で水深を増加して澪筋を確保するために築設された。

『河口部では砂嘴が発達して河口部の位置が定まらなかったが、48年の導流堤設置でようやく安定した』(石狩川治水100年の歩み)というのが一応定説になっているようだ。
けれども,左岸砂嘴の伸長が止まったという点に着目すれば,それはどうやら昭和20年前後だったようだ。
右岸河口の護岸工事(水制工など)は昭和9年から始まり,河口の安定にそれなりに機能したものと思われる。
戦時体制下昭和15年ころからは石狩川治水史の空白時代を迎える。
敗戦後昭和20年代中頃から,再び右岸河口の護岸工事が本格化する。
右岸がしっかり護岸されれば,左岸砂嘴は伸びたくても伸びることができない。
結果,導流堤の施行とはほとんど関係なく,昭和20年前後に左岸の伸びはほぼ止まったものと考えられる。
(2014.07.28 記,2014.11.10 補遺 参照:いしかり市民カレッジでの講座 第2回目の配布資料)

河口導流堤は石狩港修築事業すなわち港湾事業として施工されたものであることが分かった。
導流堤はなぜ造られたかなど,その経緯については『石狩川河口右岸の遺構群』に詳述した。
ぜひそちらを参照していただきたい。

(2015.08.26 記)

この導流堤は下部が開いていて海水が透過する構造になっている。
密閉構造の防波堤,防砂堤と違って,堤のどちら側かに堆砂が生じるという現象は見られない。
(導流堤基部はテトラポットが埋設されていて北側に堆砂が見られる)

導流堤よりやや上流同じく右岸に,岸から離れた島状の長さ70mほどの離岸堤がふたつ,縦に並んで設置されている。
これも右岸の侵食を防ぎながら,導流堤としても機能しているのだろう。
離岸堤のデータ (2015年8月判明)
    2001(H13).11 完成
    1基当たりの延長 71.4m,  間隔 30m

2009.05.10

2009.05.10

2009.07.17

2009.07.17

2009.07.17

2009.05.29

2013.09.12

2014.11.05

2014.11.05

2015.09.03

2016.08.27

2009.05.10

2010.06.07

2010.06.07

2010.06.07

2013.09.12

2016.08.27

2010.06.07

2010.06.07

2011.06.15

2013.09.12

2013.09.12

2016.08.27

2016.08.27 しばらく前から,対岸左岸砂嘴先端からの眺めが異様だ。
この日確かめに行くと,導流堤への立ち入りを阻止するためのフェンスが倒れていた。
かわりにテトラポットが積み上げられて立ち入りを阻んでいるのだが,隙間だらけであまり効果はなさそう。

対岸,左岸砂嘴突端近くから望む

2009.07.29

2009.08.25

2010.02.21

2010.05.17

2011.04.26

2011.06.15

2014.06.30

2014.07.04

2014.07.09

2015.05.26

2016.08.24

2016.08.28

2016.08.24 思いきりズームアップして導流堤先端を撮る。背後の岬は実は愛冠岬。雄冬岬はその後ろ。



2012.09.23 石狩さけまつりでのヘリコプター遊覧飛行にたまたま同乗できて,およそ400m上空からの導流堤を撮ることができた。

2012.09.23


<注> 澪筋(みおすじ) : 川や海の中で船の通れる水路と なっている深み。平時に川の水が流れている深いところ。



導流堤成長の記録

年度 昭和 施工長 構造
1961 36 43.3 テトラ堤
1962 37 8.5
1963 38 29.6 テトラ堤 13.2
鋼管堤 16.2
1964 39 35.0 鋼管堤
1965 40 60.0
1966 41 62.0
1967 42 78.0
1968 43 45.0
1969 44 63.0
1970 45 39.0
1971 46 51.0
1972 47 60.0
1973 48 57.8
導流堤累計 632.2 内 テトラ堤 65.0

(注) この表は,石狩郷土研究会顧問・田中實氏から借用した資料をもとに作成しました。



石狩川の橋と堰