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タンパケトンネルと景観

2016.03.15 公開
2017.04.05 更新


目次

第1部 見納めのタンパケ海岸 2016.01.18 浜益トンネル開通で秘境化
第2部 浜益トンネル内を歩く 2016.03.18 片道およそ3.8kmを往復
トンネル内非常駐車帯 2017.04.02
第3部 タンパケの崖の上から 2014.04.02 雄冬岬灯台建立の地をたずねるツアー
第4部 見ていただいた方より 2016.07.19 ルーラン海岸



■■■ 第1部.見納めのタンパケ海岸 ■■■

国道231号・石狩市浜益区(旧・浜益村)の千代志別雄冬との間には,4本のトンネルと,補助的ないくつかの覆道があった。
千代志別トンネル 346m 既設覆道部を含めて 455m
ガマタトンネル 2,060m
タンパケトンネル 340m + タンパケ覆道
雄冬岬トンネル 878m + 雄冬覆道

浜益トンネル図
この区間は越波,土砂崩れ,落石が多くそのたびに通行止めが発生することから,2012年以来防災整備事業が続けられてきた。
具体的には,ガマタトンネルの途中(上図地点)から雄冬岬トンネルの途中(上図地点)までの間に新たなトンネル(仮称・新雄冬岬トンネル 1,555m)を掘削して繋いでしまうというもの。
これによりガマタトンネル千代志別側・南坑口から雄冬覆道雄冬側・北坑口までが1本のトンネルとなり,浜益トンネル (4,216m) として 2016.01.19 に開通した。
引き続き工事が行われ,露天道路部分として残された千代志別トンネル-ガマタトンネル間も覆道化されることにより,完成後の浜益トンネルは総延長4,744mという長大なトンネルとなる。(2017年度完成予定)
(ちなみに,太島内トンネルは2,454m,新送毛トンネルは2,995m,
また現時点での道内の国道トンネルとしては,@336号 えりも黄金トンネル 4,941m,A236号 野塚トンネル 4,232m に次いで3番目だが,完成後は 2番目に長いトンネルとなる)
この結果浜益トンネル開通後は,旧・ガマタトンネル北坑口-旧・雄冬岬トンネル南坑口間は(一般人は)歩いて近づくことはとてもできない”秘境”と化すことになった。

タンパケとはアイヌ語で岬を意味し,直訳すると”刀頭”の意。まさに雄冬岬の最先端部とされる。
(漢字では”丹波毛”)

2002年,石狩市厚田区(旧・厚田村)の太島内トンネル開通により秘境化したルーラン海岸ほどの知名度はないが,タンパケ海岸は私のとても好きな景観だった。
おそらく二度と目にすることができなくなることを知って開通の前日 2016.01.18 に訪れ,最後となるであろう写真を撮った。
この日の海は翌日からの大荒れを知ってか知らずか,どんよりとした空の下で静まり返っていた。


◆ タンパケトンネルとタンパケ覆道

タンパケトンネルには北坑口にタンパケ覆道が連続して設置されている。
タンバケトンネルの銘板は南坑口のみで,タンパケ覆道の銘板は北坑口のみ。

タンパケトンネル南坑口

タンパケ覆道北坑口

2008.03.13

2016.01.18

2016.01.18

2008.02.25

2009.01.22

2014.09.22


◆ タンパケの沢に架かる橋

タンパケには幾筋かの沢が流れ落ち,それらがほぼ合流して海に注ぎ出ている。
この沢に架かる橋が面白い。
北方向へは「タンパケ橋」,南方向へは「ニシン橋」と,向きによって異なる名前が付けられているのだ。

左岸下流側

左岸上流側

右岸上流側

右岸下流側

2014.09.22 (a)
4枚の橋名板はすべて 2014.09.22 撮影。
(a) の遠景のトンネルは雄冬岬トンネル南坑口。


◆ タンパケの3本の滝

タンパケ海岸に流れ落ちる沢はいずれも急流。
国道からは3本の滝が眺められた。

▼ 向かって一番右(南)の滝

2009.01.22

2009.04.05

2010.03.02

2016.01.18

▼ 真ん中の滝

2009.01.22

2010.03.02

2012.01.31

2014.09.22

2016.01.18

▼ 向かって一番左(北)の滝

2009.01.22

2009.04.05

2010.03.02

2014.09.22

2016.01.18

2016.01.18



◆ タンパケの岩

タンパケ覆道出口あたり,海岸のすぐ近くに,大小10ケほどの岩が身を寄せ合っている。
その中心の一番大きな岩のてっぺんは,さながら吠える獅子の姿と見紛うばかりである。

2008.02.25

2008.03.13

2010.03.02

2012.01.31

2014.09.22

2016.01.18


◆ タンパケ海岸の構造物

タンパケの沢に架かる橋には北側から”ニシン橋”と名付けられていることからも,この近辺はニシンの好漁場だったであろうことを彷彿させる。
大きなコンクリートが3ケ並んだこの構造物が何を意味しているのかは定かではないが,漁(船)に関わる遺構であることには間違いないだろう。

2014.09.22

2016.01.18


◆ 国道開通記念碑

タンパケ海岸には以前から小さな駐車場が用意されていて,その片隅に石碑が建つ。
1981(昭和56)年11月10日の国道231号・札幌-留萌間全線開通を記念するものである。
千代志別までは1973年に開通していたが,千代志別-雄冬間の雄冬岬部分が最後まで残された未開通区間だった。
そうしたことから,タンパケ海岸にこの石碑が建てられたのだろう。
ただしいま(2016.01.19以後)一般人はここには立ち入れない。
石碑はと゜うなるのだろうか?

2009.04.05

2009.04.05

2009.04.05

なお,白銀の滝の脇にも国道開通を記念する石碑が建っているがこれとはまったく別のものである。

2008.05.22

2008.05.22

2008.05.22


◆ 作業坑口

タンパケ海岸の駐車場が設置されていたあたりに,新トンネル掘削のための作業坑口が開かれている。
作業坑は新トンネル開通後も非常用の道路として確保されることだろう。(歩いてみたいネ)

2014.09.22

2014.09.22

2016.01.18

2016.01.18


◆ そのほかのトンネル風景

浜益トンネル開通前日の 2016.01.18 ,トンネルの両側には新しい”浜益トンネル”の銘板が取り付けられていた。
千代志別側南坑口銘板 旧・千代志別トンネルの南坑口に設置
雄冬側北坑口銘板 旧・雄冬覆道の北坑口に設置

千代志別トンネルとガマタトンネルはまだ覆道で繋がってはいなかった(工事中)この日の段階では,南坑口の銘板はややフライング気味とも思えるが・・・

2016.01.18 (a)

2016.01.18 (b)

2014.09.22 (c)

2012.01.31 (d)

2016.01.18 (e)

2008.03.13 (f)
(a) 開通前日の浜益トンネル南坑口 (旧・千代志別トンネル)。
(b) 開通前日の浜益トンネル北坑口 (旧・雄冬覆道)。
(c) 旧・千代志別トンネル南坑口 → (a) となる。
(d) 旧・雄冬覆道北坑口 → (b) となる。
        (b) では,覆道とその奥にある雄冬岬トンネルが完全に繋がって一体化している。
        一方 (d) では,手前の雄冬覆道とその向こうの雄冬岬トンネルはまだ繋がっていない。
(e) 遺構と化す,開通前日のガマタトンネル北坑口。すでにトンネル銘板は外されている。
(f) 雄冬岬トンネル北坑口。その後雄冬覆道が南に伸ばされてこの北坑口と合体する前の貴重な写真!。



■■■ 第2部.浜益トンネル内を歩く ■■■

こういう場合,ガマタトンネルと新トンネルの分岐部(上図地点),雄冬岬トンネルと新トンネルの分岐部(上図地点),さらに作業坑の新トンネル内坑口などが,いまどうなっているのか見てみたいとは思いませんか?

私は見てみたいのです。物見高い習性を抑えきれません。
もちろん車を走らせながらでは満足にかつしげしげとは見られませんから,歩いていくしかありません。

というわけで,2016.03.18 新・浜益トンネルを千代志別側からひとりで歩いて往復してみた。

覆道化未了部分(開口部)を含めて,浜益トンネルは千代志別側南坑口-雄冬側北坑口間4,744km。往復すると約9.5km になる。
橋の上とか橋の下ならこれまで随分歩いたけれど,暗くて長いトンネル内をひとりで歩くというのは実はあまり経験がない。
ややビビるものがあって,当初はガマタトンネルの南坑口あたりを眺めて戻るという,往復約2kmの軟弱なプランだった。

歩き始めてみると,鼻歌も出るし興にも乗る。
デッカいトラックに,トンネル内に轟音響かせてすぐ脇を突っ走られるのはコワい。
が,交通量は実に少ない。

携帯はトンネル内で使用不能だが,消防署に直接つながるというSOS電話はほぼ200mおきに設置されていて心強い。
分岐部の2ヶ所で片側交互通行の工事中を除いてほかの工事はまったく行われていない。
その片側交互通行部分では,交通誘導の警備員がぴったりと付き添ってくれる。
写真撮影の邪魔になるという制約はあるが安心ではある。

旧・ガマタトンネル部分の約2km(片道)が退屈な道のりだったが,上図地点(工事中)を過ぎ,作業坑口(扉で閉ざされている)を過ぎ,上図B地点(工事中)を過ぎると残りは旧・雄冬岬トンネル部分のみ。
雄冬岬トンネルはほぼ真っ直ぐなトンネルなので,ここまでくると残り約900m先の雄冬側坑口の明るさをしっかり確認できる。
汗をかき,喉が渇き,歩くのにも飽きてきていたので,帰路の余力を残すためにと理屈をつけて引き返すことにする。
ここまでおよそ3.8km。単純に往復で7.6km。

帰路のガマタトンネル-千代志別トンネル坑口間の開口部で道路から逸れて両トンネル坑口の真上に上ったり下りたりして道草を食う。
5月以降に覆道工事が始まり,トンネルが繋がったら金輪際立ち入れない場所だ。

結局千代志別側坑口から入って出てくるまで,合計では8km以上,13,000歩ほど歩いた計算になる。

以下では,千代志別側から雄冬側に向かって左側(=海側),右側(=山側)とする。
実際に歩いたのは,往路が左側,復路が右側の歩道である。


◆ 旧・千代志別トンネル内        (a)〜(f) 往路; (g)〜(l) 復路

a

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e

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g

h

i

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k

l
(a) 南坑口の向こうに,二ツ岩トンネル
(b) 千代志別トンネル時代の名残の銘板,国道231号起点から82,940m,”浜益村大字群別村字千代志別”
(c,l) 最も南坑口に近いSOS電話,入口から80m/20m
(d,k) 最も南坑口に近い距離標識,入口から175m/275m
(e,h) まだ残っていた千代志別トンネルの工事銘板,覆道部の竣工年(最後の桁)がなぜか削られている
(f,i) 覆道部からトンネル部への接合部分
(g) 北坑口の向こうに,ガマタトンネルと海岸の奇岩
(j) トンネル部から覆道部への接合部分


◆ 旧・千代志別トンネル-旧・ガマタトンネル 間の開口部        (a)〜(c) 往路; (d)〜(k) 復路

a

b

c

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k

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e

f

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h

i
(a) 千代志別トンネルを出てガマタトンネルを望む
(b) 鉄筋の左側の崖の上を進む,ガマタトンネル側には奇岩が
(c) 振り返って千代志別トンネル/既設覆道の外の海岸を望む
(d) ガマタトンネルを出て千代志別トンネルを望む
(e) 千代志別トンネル既設覆道の坑口,この左わきから歩いて上って両トンネルの坑口の上に上がることができた
     千代志別トンネル側にもガマタトンネル側にもトンネル坑口銘板はすでにない
(f) 千代志別トンネルと既設覆道部の接合部を上から見る
(g) 千代志別トンネル既設覆道の上からガマタトンネル側海岸を望む
(h) ガマタトンネル坑口を上から
(i) ガマタトンネル坑口の上から千代志別トンネルを望む
(j,k) ガマタトンネル坑口の上から目の前の奇岩を

すでに色鮮やかに被覆された鉄筋が立てられていて,両トンネル間の覆道工事は5月から開始されるという。
覆道が完成したらこのような写真はもとより撮ることができなくなる。


◆ 旧・ガマタトンネル内        (a)〜(c) 往路; (d) 復路

a

b

c

d
(a) 入ってすぐガマタトンネルの進行方向を写す,けっこう明るい
(b) 最も坑口に近い距離標識,浜益トンネル入口から575m
(c) 最も坑口に近いSOS電話,浜益トンネル入口から660m
(d) 千代志別トンネル方向坑口,覆道用の鉄筋が並ぶ

2000mを超すガマタトンネルはさすがに長くて,しかも変化に乏しく退屈な歩行だった。


◆ 旧・ガマタトンネル-新トンネル分岐点近く (上図地点)        (a) 往路; (b)〜(f) 復路

a

b

c

d

e

f
(a) 工事中の標識,ここから車両は交互片側通行
(b) 最寄りのSOS電話,浜益トンネル入口から2560m,旧・ガマタトンネル内(c)のSOS電話から1900mということなのだ
(c) 分岐点付近,雄冬側から
(d,e,f) 分岐点付近,千代志別側から
        旧・ガマタトンネルはここで直進していたのだが,新・トンネルは右斜めに新たに掘削された。
        旧坑道はすでに完全に閉ざされている。


◆ 作業坑口        (a)〜(c) 往路; (d)〜(f) 復路

a

b

c

d

e

f
(a) カメラが見張っている近くに最寄りの距離標識,浜益トンネル入口から3375m
(b,d) 作業坑口にはいかにも頑丈そうな扉が・・・
(c) しっかりとシリンダー錠が,扉を開けるときにはかなり注意が必要,開いた姿をみてみたいなぁ・・・
(e) 扉の反対側には駐車帯が
(f) 最寄りのSOS電話,浜益トンネル入口から3410m (ほとんど扉の真ん前)


◆ 旧・雄冬岬トンネル-新トンネル分岐点近く (上図地点)        (a)〜(c) 往路; (d) 復路

a

b

c

d
(a) 工事中,ここから車両は交互片側通行
(b) 最寄りの距離標識,浜益トンネル入口から3775m
(c) 分岐点付近,新トンネルから雄冬岬トンネル方向へは右にカーブしている
(d) 分岐点付近,左へカーブしている,手前が古い雄冬岬トンネルなのだがこのあたりのトンネル壁面は新装されている


◆ 旧・雄冬岬トンネル坑口を望む        (a)〜(d) ここで折り返す

a

b

c

d
(a) 最寄りのSOS電話,浜益トンネル入口から3790m
(b,c) ここはまだ工事中の片側交互通行区間
(d) もう少し進んで,ズームで雄冬側坑口の外の景色を撮る



▼▲▼ 第2部-附.トンネル内非常駐車帯 ▼▲▼

2017.04.02 久しぶりに通りかかって非常駐車帯からの写真を撮る。

a

b-1

b-2

b-3

c
a 旧・ガマタトンネル・新トンネル分岐点近くに設けられた駐車帯から千代志別方向を見る
b-1 作業坑口の前の駐車帯から 千代志別方向
b-2 作業坑口の扉
b-3 雄冬方向
c 旧・雄冬岬トンネル・新トンネル分岐点近く設けられた駐車帯から雄冬方向を見る



■■■ 第3部.タンパケの崖の上から ■■■

おととし,2014.04.02 雄冬岬灯台建立の地をたずねるツアーなるものを決行。

ツアー・ルート図
い線がツアーのルート。
の線はかつてあった雄冬山道のルート。
雄冬山道のルートは,1983.01.30発行の2万5千分の1地形図「雄冬」(1981年修正測量)による。
場所請負人らが開削した濃昼,送毛,増毛山道などとは異なり,雄冬山道はアイヌなど地元民が番屋間を歩くためにつけられた踏み分け道(自然道)。現時点でもまだほとんど復旧されていない。にもかかわらず,ツアーのルートは雄冬山道の道なき道をかなり正確になぞっている。さすが,C隊長である。

山道,登山道には抜群に造詣が深い幌在住のC隊長に率いられる隊員は,雄冬岬灯台への思い入れが人一倍強いK隊員(企画立案),そしてほとんど野次馬のMおよびO隊員の総勢4名(平均年齢70歳近いと思われる)。

まだまだ残雪深かったが雪が締まっていていたのでカンジキは履かず。隊長が人数分用意してくれていたストックには大いに助けられた。
風弱く快晴。絶好のツアー日和。とはいえ午後にはいよいよ気温が上昇,緩んだ雪に靴がとられてやや難儀。

千代志別を出発したのが8:50ころ。雄冬山道までのアプローチは,雄冬防災関連の工事車両用道路。
行きはよいよい,だったが,質素な昼食時(12:05-12:35)で隊長以外の3隊員はすでに疲労困憊。
それでもなんとか灯台跡地まで辿り着こうと頑張ったが,ついにC地点で断念する。(13:50ころ)
どうやらいったん沢に下ってまた上らないといけないような・・・気力が萎える。
跡地ではないにしても当らずとも遠からずだろうと,一応記念の写真を撮る。
(帰宅後灯台跡地までの残りはたった 500m(直線で) だったことが分かって,ちょっと無念)
そして来た時の足跡を辿りながらの帰りはよれよれ
歩く距離の短縮を図るため危険をかえりみず急崖の尻滑りなど敢行したりして,出発点まで戻り着いたのは17:10ころだった。

おっとここでは雄冬岬灯台建立の地をたずねるツアーのあれこれを語るつもりではなかった。
ツアーの途中の崖の上から,眼下にタンパケの岩を望み見た報告である。


2014.04.02 (a)

2016.01.18 (b)
(a) ルート図のD地点あたりから。
ふと崖の下を見下ろすと,懐かしい岩たちが・・・
灯台跡地までは辿り着けずに惜しまれるこのツアーでの最大の収穫!

(b) 後日,岩を見下ろした崖の上のあたりを見上げてみる。
D地点がどのあたりなのか,この写真では定かではない。

海(船上)からならともかく,陸からタンパケの岩を(一般人が)望むにはもはやこの方法しかありません。



■■■ 第4部.見ていただいた方より ■■■

夕陽群来,あるいは巨大ツララなどを追いかけて濃昼漁港をしばしば訪れる。
西防波堤の先から南の海岸を眺めると,旧・赤岩トンネル,さらに旧・太島内トンネルの北側坑口(どちらも塞がれているが)を望むことができる。
しかしその先にあるはずのルーラン海岸は死角となって見ることはできない。

現在の太島内トンネルが開通したのは2002年。私が石狩発信に目覚めるよりも5年も前。
だから残念ながらルーラン海岸の写真の持ち合わせはない。

おりしも,このタンパケのページを見ていただいた方から写真添付のメールが届いた。(2016.07.19)
『感動しました』

初めまして、タンパケトンネルが大好きでした。
なくなってしまって残念でしたが自分以外にも好きな人がいてびっくりしました。
雄冬山道に自分もアタックしてみたいです。

写真は旧ルーラントンネル閉鎖により行けなくなったルーラン海岸を濃昼山道からアタックしてきました(^_^)
タンパケトンネルはシーカヤックで行けますがやはり上からみたいですね。
長文失礼しました。

森本さん,メールありがとうございます。
そして森本さんにお断りして,崖から見下ろしたルーラン海岸の写真を借用して飾らせていただきました。
私もいつか濃昼山道からアタックしてみたいとは思いのですが,体力が続くかどうか・・・
(2016.07.19 記)


■■■ 関連ページ ■■■
石狩の「これ,なぁ〜に?」- 白銀の滝

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