石狩川河口での遭遇
No. 021 〜 030
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巨大ふるい,されど水仙,ミニ砂嘴,難破船,波の花,流木盆栽,鎌首,ヘッド,定置網,雪紋 |
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もくじ |
2009.07.31 公開
2010.05.25 独立
2014.07.30 改編
2019.09.30 更新
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石狩浜海水浴場”あそびーち”の清掃作業。
砂丘の高台に上がると,監視塔脇で重機が動いていた。(a)
砂を掬い上げてはふるいにかけて(b),流木などのゴミをダンプに積む(c)。
作業直後の浜は,砂が波打っている。
物見高く近づこうとして,一見なんでもなさそうな波打際(d) を歩いた。
ふいに,底無し沼にはまって死ぬかと思った(大げさ)。
いきなり長グツが両足とも濡れた砂の中にズボっと埋まってしまったのだ。
30cmほども埋まったら身動きが利かないのだということを実感し,やや戦慄が走った。
やっとの思いで右足は靴ごと引き抜いたが,左足がなんとしても抜けない。
グズグスしていたらもっと深く埋まるかもしれない。
長グツはそのままにして足だけ抜いた。思えばなんてことのない話しだ。
そして両手で必死に引っ張って長グツも救い出した。
命からがらその場を離れた。
砂を激しく動かす作業の直後だったせいだろう。
砂浜は穏やかな表情を装いつつ,液状化して間抜け人間がはまるのを待ち構えていたのに違いない。
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されど水仙 |
2011.05.19〜2013.05.18 |
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2011.05.19 , 20
東屋から管理道路を僅かに進んだ川岸(a) にひっそりと咲くスイセン(b)。
はまなすの丘といえば海浜植物。しかしそれらばかりではない。
流れ着いたゴミに混じって,なぜかスイセンが…(c)
無人化されて久しい石狩灯台のすぐ脇にもスイセンが咲く(d)。
また,八の沢鉱業所跡の開けた高台でもイチゲの群落と競って咲くスイセンを見かけたことがある。
これらのスイセンは,かつてそこにまぎれもなく人の暮らしがあったことの証。
しかしこの川岸に人の暮らしがあったとは到底考えにくい。
上流から流されてきて,たまたま打ちあげられて根付いた株なのだろう。
どちらにしても,スイセンのたくましさを思う。
はまなすの丘にしてみれば闖入者。
だからといって,ただちに駆除の対象とすべきなのかどうか・・・?
しばらくは見守ってあげたい。
2012年
2012.04.21 |
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2012.05.02 |
2012.05.02 |
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2012.05.13(a) |
2012.05.13(b) |
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2012.05.24 |
04/21 |
今年も元気だ。 |
05/02 |
咲いていた。
この日は南東の風がやや強く,海はほとんど凪ぎていたのに左岸の川岸には波が打ち寄せていた。 |
05/13 |
いつもの株(a) のほかに,もっと東屋寄りでクチベニスイセンもひっそりと咲いていた(b)。 |
05/24 |
花が終わって,やがてヨシに深く被い尽くされることになる。 |
06/08 |
ヨシに埋もれてもはや水仙の姿は確認できない。水辺はもう,歩くこともできない。 |
2013年
2013.05.09 |
2013.05.18 |
05/09 |
影も形もない。流されたのだろうか。
その後も何度か訪れたが,ついに再びその姿を見かけることはなかった。 |
05/18 |
東屋寄りのクチベニスイセンは水際で可憐に咲いている。 |
されど水仙 - 番外編
かつてそこに,まぎれもなく人の暮らしがあったことを物語る水仙たち。
2012.05.09 |
2012.05.09 八の沢鉱業所跡地
最盛期(昭和初期)には年産10,000キロリットルに達した石狩油田八の沢工業所。従業員は250人を超えていたという。しかし埋蔵量に乏しく,やがて1960年(昭和35年),油田の歴史を閉じる。
以来打ち捨てられて50年。
林道脇の1mほどの崖をよじ登ると平坦な台地が広がる。
一面のアズマイチゲの群落の中に,八重の水仙が点々と散らばって咲いている。 |
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ミニ砂嘴誕生 |
2011.06.11〜2011.09.19 |
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5月には平坦だった河口砂嘴の先端(GPS軌跡A-B)。
6/11に行って見ると,異様に細長く伸びだしていた(GPS軌跡A-C)。
伸びた長さはおよそ150m。幅は広いところで20m。
河口側から眺めたのが(a),海側つけ根から眺めたのが(b)。
あたかも,親砂嘴の先っぽにミニ砂嘴が成長したかのようである。
面白くて次の日(6/12)にも歩いてみた(GPS軌跡A-D)。
先端が15mほど短くなって,全体に5m近く右へ(東へ)ズレている。このズレはGPSロガーの誤差によるものなのかもしれないが定かではない(実際に動いた可能性も否定できない)。また,潮位の変動による影響もあなどれない。
この日のミニ砂嘴先端(c)と,振り返ってつけ根の方向を眺めたのが(d)。小さな中海もできている。
ミニ砂嘴先端近くから望む石狩灯台(e)。通常このアングルでは船上からでなければ捉えられない。(間違い! 導流堤の上からでも可能と思う。が,距離的には倍近く遠くなる)
ちなみに,去年もっとも砂嘴が伸びたのは6/13(GPS軌跡-A)。
去年と今年で形状にかなりの違いが確認できる。
さらに付け加えれば,この程度のミニ砂嘴は,海のひと荒れ,大雨による川の増水などで一夜にして消滅しかねない。
6/15 久しぶりに右岸の知津狩川河口に出て,来札水制工の上から見通してみた(g)。
ミニ砂嘴が,水制工の延長線より海側にかなり突き出していることが分かる。
そして 6/17 にもミニ砂嘴を歩いた足跡を重ね合わせたのが GPS軌跡B である。
河口側つけ根からの眺めが(h)。進むにつれ,先端で憩っていた水鳥たちが飛び立つ。
ミニ砂嘴先端は海面下でも細長く遠浅になっている(j)。
折りしもこの日が満月で大潮のピーク。
石狩でも40cm程度の干満の差がありそうなので,歩く時間帯で先端は伸び縮みすることだろう。
GPS軌跡C |
中海 6/17 |
中海 7/3 |
中海 7/11 |
中海 7/15 |
中海 7/21 |
なにが楽しくてなのか自分でもよくわからないが,その後も 6/20, 7/3, 11, 15, 21 と,頻繁にミニ砂嘴を訪れる。
その足跡を描き加えたものが GPS軌跡C である(ただし一部の軌跡を省略)。
6/11,12 のミニ砂嘴は基部の右側(川側)が強くくびれている。
6/17 以降ではくびれた基部が砂で埋まり,くびれがなくなった分基部が太くなった。
そのかわり,かつてくびれていた部分に海水が残り,小さな中海ができたのがわかる。(深さ50cm以上)
その後 7/11 まではいくらか伸び縮みしつつもミニ砂嘴の形状は安定していた。
海も川も比較的穏やかだったせいだろう。
そして 7/14 から大雨。石狩川の増水の影響をまともに受ける。
7/15 石狩川頭首工,美浦大橋の後に寄ったミニ砂嘴は,先端が削られてかなり短くなっていた。
国土交通省・水文水質データベースによる水位データ (7/11〜7/20) → 石狩河口観測所,月形観測所
中海 8/17 |
中海 8/28 |
中海 9/8 |
GPS軌跡D |
8/14 から続く雨による増水。8/17 に行ってみると,ミニ砂嘴の季節はほとんど終わっていた。(参照 : 中海)
雨水が溜まったためなのか,中海は大きく広がった。(長径にして およそ20m程度から およそ40m程度にまで)
国土交通省・水文水質データベースによる水位データ (8/11〜8/20) → 石狩河口観測所,月形観測所
ちなみに,石狩河口の水位は,潮位(干満)の影響をモロに受けていることがよくわかる。
8/28 その後雨は降らず,中海は縮小。
名残りのミニ砂嘴先端に続く浅瀬で遊ぶ若者たち。
台風12号は紀伊半島を中心に大きな爪痕を残したが,北海道でも9/2以来前線の停滞により降り続いた大雨で,石狩川水系の水位は3日から7日にかけてきわめて高く危険な状態が続いた。
9/8 ようやく天気も回復,昼ころ砂嘴を歩く。この時間帯,石狩河口水位観測所(河口から3.0km地点)での水位はまだ0.6mを越していて,通常より0.2m近く高かった。(今回の大雨での最高水位は,9/4朝の1.10m)
川沿いは20m以上削られて崖状となり,崖下の波打際を歩くのはほとんど不可能。
崖の上も亀裂が入っていて簡単に崩落する。ぎりぎりに歩くと川に転がり落ちかねない。
この崖も4月のつかの間の崖と同じようにたちまち消滅するのだろうか?
ミニ砂嘴が消滅しつつある 7,8,9月の軌跡をまとめたものが GPS軌跡D である。
大雨のせいで中海がかなり拡大していたが,砂嘴先端の形状はいくらか南西へ傾いた程度で大きな変化は見られなかった。
国土交通省・水文水質データベースによる水位データ (9/01〜9/10) → 石狩河口観測所,月形観測所
9/19 水位も下がり,この日は川沿いも崖下の波打際を歩くことができた。
崖の高さは,高いところでは150cmほどもある。
切り立った崖に,ハマボウフウやハマニガナがしがみつく。
一方,あれだけ広がっていた中海は,すっかり干上がっていたのだった。
砂嘴先端はやや西側にせり出し,さらにその外側には水深10cm程度の遠浅が広がる。
長靴でなら歩けるが,少し大きい波がくるとビビる。
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この日も河口砂嘴先端を目指す。
意外にも,ひと月経っても依然として健在なミニ砂嘴。
そこに座礁している難破船。
どこのの港へ向かう途中だったのだろうか。
なかなかよい造りの船だが,乗員は見当たらない。
やがてあえなく転覆。
底が抜けているのでは…
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真夏の波の花 |
2011.07.11〜2015.01.21 |
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南東の強い出し風。
海側はべた凪に近いが,河口左岸には川浪が音を立てて押し寄せる。
ちょうど中村水制工の対岸付近。
去年の秋には,2頭の仔熊がじゃれていたあたりだ。
寄せる波に揉まれて川岸が激しく泡立つ。
泡が千切れて飛ばされる。
厳寒のころの能登半島,あるいは道内では留萌の,荒々しい冬の風物詩として有名な波の花。
だが真夏でも,そしてちっぽけでも,これもまたひとつの "波の花" ではなかろうか。
2013.07.28
多少強い南東風が吹くと,この程度の波の花はちっともめずらしくない,ここでは真夏の風物詩(d,e)。
風がなければ同じところでリップルマーク(漣痕)・・・(f) 2013.07.13
2015.01.14 今回は冬の波の花
a |
b |
波の花といえば,やはり真冬の海岸で華麗かつ壮絶に舞い上がるのが普通。
しかし石狩浜で見られるのはいつもささやかに泡立つくらいでいじらしい。
夏の川岸で見られる花とも違って,純白で美しい。
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巧まずして…巨大流木盆栽 |
2011.07.21〜2011.10.21 |
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2011.07.21
a |
b (上流側から) |
c (下流側から) |
d |
e |
河口左岸。この日は風もなく穏やかな川面。
岸に,径が4,50cmもあろうかという流木が横たわる。
よく見る光景である。
すっかり朽ち枯れた流木かと思いきや,根元に生き生きと草花が茂る。
幹に苔が張り付きいろいろな草が根を張る。
図らずもこれは流木つけ盆栽。
それにしてもこの流木は,草が生えたまま流れてきたのだろうか。
2011.08.17
f |
g |
多少の増水ではビクともせずに,しばらくは居座り続けることになるのだろうか。
2011.09.08 10年ぶりの大雨は,流木盆栽をも跡形もなくいずこへか持ち去っていた。
2011.10.09 続・流木盆栽
i |
j |
k |
l (下流側から) |
m (上流側から) |
大きく抉られた崖に,埋もれていた流木が露出して突き出る。
流木上に僅かに残された砂の中で生きるハマニガナ。
ふつう流木盆栽に使われるのは,けと土のような粘り気のある用土なんだけど,ここでは天然素材のさらさら砂。
2011.10.21 たかだか12日後だというのに,すでにハマニガナの流木盆栽の姿はなかった。(このあたりだったと思う)
10/17午後,西よりの強い風(生振最大風速;16:04;8.1m/s)が吹き,川の水位もかなり上昇(石狩川河口水位;19:00;0.74m)したことが影響したものと思われる。
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7/3 砂から鎌首をもたげているうわばみに遭遇(a)。
ほぼ正面から対峙,その動きを観察する(b)。
砂嘴先端側から眺めて見る(c)。(7/21)
9/8 うわばみは水の中にいた(d)。
初めて鎌首に遭遇したのは7/3だったが,実はそれ以前にも写真の片隅にその姿が捉えられていた。
ミニ砂嘴が伸びだす前の 5/19,海際5,6mのところですでに鎌首をもたげていたのだった。
ミニ砂嘴の基部がくびれていたときの 6/12。
基部のくびれが埋まり,くびれの部分の一部が中海になっていた 6/20。
そして,鎌首の存在を意識してからの推移。
7/3, 7/15, 7/21, 8/17, 9/8, 9/19, 10/9, 10/21, 11/04
9/19 中海はすっかり干上がっていた。
うわばみに超接近,色々な角度からしげしげと観察してみる(e,f,g)。
鎌首の後ろ(h)に横たわる太い流木が,ワレワレの休憩用ベンチである。
10/21 砂嘴先端一体に砂が運ばれてきて数10cm高くなり,鎌首は半分ほど埋まっていた(j)。
ひと月前の姿(e,h)と比べると歴然としている。
続・流木盆栽の項でも触れたが,おそらく10/17の気象条件のせいだろう。
11/22 とうとう鎌首は行方不明。地中に潜んだか…
14日ころからほぼ連日本格的な強い西風(生振の石狩アメダス・ポイントによる)が吹き荒れ始め,風と波と雪に運ばれてきた砂にすっかり閉じ込められてしまったに違いない。
鎌首の土台になっている流木の幹ごと持ち去られることがなければ,もしかしたら来春また顔を会わせるかもしれない。
2012年 再会
3/16 厚く覆っていた雪もほとんど消えた砂嘴先端部。鎌首発見!(アングルがよくないが…)
かなり痛んでいて,GPSログによると10mほど北に移動しているが,間違いないだろう。
2012.03.16 |
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マネキンヘッド |
2011.07.15〜2011.10.21 |
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この画像を遭遇リストに入れることには,しばし躊躇いがあった。
いささか生々しすぎる。
砂嘴先端近くに流れ着いたものたちは,普通なら1,2ヶ月で立ち去る。
招き猫だって,木彫りのクマたちだってそうだった。
しかしこのマネキンヘッドはしぶとい。
大雨での川の増水がしばしばあったにもかかわらず,いくらか位置を変えながら目を見開いている。
ということなら,リストに加えることがもしかしたら供養になるのかもしれない。
タイトルにも悩んだ。
最初は"生首"にしようかと思った。
が,祟りがありそうな気がして土壇場で思いとどまった。 |
2011.07.15
7/14からの大雨で運ばれてきた水際の大量の木屑やゴミの中に異様な物体を発見。
石狩川の上流で,もしかしたら事件に巻き込まれたのだろうか。
これが彼女との最初の出会いだった。コワかった。
2011.07.21
水際から少し離れた砂の中に,彼女は顔を半分埋めていた。
立ててあげようと思った。メイクしなくても,カツラをかぶせるだけでぞくっとするほどの美人だ。
首には,「山野美容芸術短期大学」のプレートが。
そうすると,八王子から流れてきたというのか…まさか。
2011.08.17
a |
b |
8/14から続いた大雨で,川側は先端近くまで抉られて崖状(a)。
海側には流されたきた大量の木屑が堆積(b)。
流失したのか埋もれたのか,この日は見失った。
しょうもない置物の写真でお茶を濁す。
2011.08.28
再び遭遇。この日のヘッドはミニ砂嘴の先端近くの砂の上に移動していた。
ヘツドの存在なんか無視して遊ぶ水上バイクの若ものたち。
2011.09.08
a |
b |
台風12号に伴う前線の停滞で4,5日大雨。
拡大した中海のほとりでよごれていた。
2011.09.19
a |
b |
中海はすっかり干上がって,乾いた木屑の上で穏やかな表情だった。
2011.10.09
誰かが助け起こしてくれたのだろうか。
彼女の視線の先には鎌首が…
そして 2011.10.21
彼女は姿を消していた・・・
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サケ定置網 |
2011.10.20〜2019.09.30 |
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夕陽を捉えに行ったいしかり浜。
砂浜にアンカーが打たれ,短い間隔で浮きのついたロープが沖へ向かって伸びている。
思うに,この時期の風物詩ともいえるのだろうが,いままであまり意識したことがなかった。
何の網が仕掛けられているのだろうか…?もしかしたら地曳網?
あらためて釣り人に尋ねたり,ネットで調べたり…
サケの定置網だった。
浜から伸びているのは垣網と呼ばれる部分。
浜に固定して,沖の定置網本体が流されるのを防ぐとともに,回遊してきたサケをこの網に沿って誘導して本体に誘い込むという仕組みであるようだ。
3ヶのアンカーで,1本の垣網を引っ張っている。
漁期は8-11月。
第一管区海上保安本部の広報資料で,漁具設置箇所を知ることができる。
2012.10.27
はまなすの丘・ヴィジターセンターの2階からボンヤリ眺めていると,数艘の漁船が目に留まる。
海辺へと下りてみる。
定置網のまわりでなにやら作業をしている。網上げなのだろうか。遠目にはよくわからない。
今年は長引いた残暑異変のせいで初めは低調だったサケ漁も,すでに平年並みに回復しているという。
(d)は,この日の日没時の垣網。
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2015年
2015.09.05 |
2015.09.05 |
2015.09.22 |
2015.09.22 |
2015.10.26 |
2015.10.26 |
9/5
やや荒海,サケの定置網が仕掛けられていた。
そういえば河口右岸の導流堤近くには,密漁の監視車が張りついていた。
9/22
あまりにも静謐な海。身網の浮きに水鳥たちがとまっている。
汀線に並行に流れる沿岸流もまったく確認できない。
10/26
漁期もそろそろ終了か?
前日までの大時化の余波で海はかなり荒れている。
必死に波にあらがう定置網。
見た目に右から左へ強い沿岸流を確認できる。
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2016年
2016.09.04 |
2016.09.04 |
9/4
いしかりの秋の風物詩,今年も定置網漁が始まっていた。
連続する石狩川の増水のため,泥流が沖合でくさび状に層を作っている。
沿岸流は確認できない。
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2019年
2019.09.02 |
2019.09.07 |
2019.09.12 |
2019.09.19 |
2019.09.28 |
9/2 |
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有義波高1m未満の普通の波 |
9/7 |
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有義波高数10cmのべた凪 |
9/12 |
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有義波高1.5m。9月に入って一番の荒れ模様 |
9/19 |
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前夜から有義波高2mを越す大時化が続く |
9/28 |
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有義波高50cm未満の凪。9/7よりうねりが強い |
定置網については,「サケ・ウオッチング」のページもご覧ください。
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前日(12/5),最大風速 16.9m/s,最大瞬間風速 26.2m/s を記録する(生振のアメダスポイント) 猛吹雪。
2年前に烈しく浸食されて後退し,段差が50cmそこそこになった砂嘴先端近くの浜崖。
それでも容赦なく北西の季節風が直角に襲いかかり,ハマニンニクなどの植生を押し倒す。
風の通り道では薄く積もった雪を剥ぎ飛ばし,砂の地肌をむき出しにする。